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貴方にとって労働とは何ですか? 生きる罪、労働という罰

大学4年生の頃、就職活動をしたことがある。

 

「人は何故、働くか?」という問いに対して

「お金」と「自己成長」と思っていた時期があった。

 

人間生きていくのには、お金が必要だ。

 

また、仕事をする上で様々な人間関係を築くことになるだろう。

あるいは、専門的なスキルを身に付けていくだろう。

結果的に、仕事をしていく中で自己成長していくものだと思っていた。

 

あまり、「自己成長」という言葉は好きじゃないんですがね。

それでも、「働く」という側面にはこういった面もあると思う。

 

実際に働いた経験が浅い人と週5で働くサラリーマンでは、

週5で働くサラリーマンの方が社会的であるだろう。

言い換えれば、コミュ力が高く接しやすく「大人」であると思う。

勿論、一概には言えないが、傾向としての話だ。

 

 

 

今はどうだろうか?

 

僕にとって、労働とは「戒め」や「償い」である。

 

生きる為に、しょうがなく働いている。

最近も嫌々、コンビニでアルバイトをしているのだ。

 

3月4月に実家を出て、シェアハウスに暮らしているが、

10万ほどお金を使ってしまった。

生活費である。

 

その10万を取り戻す為に、最近は少し多めに働いている。

正社員に比べれば少ないが。

パチ屋の清掃が週4回、コンビニ夜勤が週3回だ。

月13万くらいになるだろう。

今の生活費は月6万もないので、月5万は貯蓄できるだろう。

とりあえず2ヵ月続ければ、2ヵ月間で使った10万を取り戻せる。

 

2ヵ月間、今のバイト体制を頑張ろうと思う。

これは、3月4月に実家を出たのに働かなかった罰だ。

だからこそ、やらねばならない。

 

正直、コンビニバイトは嫌だ。

それでも、仕事を選り好みできる立場ではないのだ。

それに、とりあえずお金を稼ぎたい。

だから、頑張ろう。

 

「自分で好きな仕事」も見つけるのに時間が掛かるだろう。

「自分でお金を稼ぐ方法」を見出せるほど有能でもない。

 

だからとりあえず、コンビニバイトなのだ。

手軽にすぐ始められた。

 

 

コンビニバイト(労働)が「戒め」や「償い」であるならば、

何に対してのものなのだろうか?

 

それはお金を使った事に対してだろう。

憚らずに言えば、「生きる」ことだ。

 

生きる為にはお金が必要だ。

つまり生きること自体が、僕にとっては「罪」なのである。

そして、その「償い」として労働をしている。

 

アルバイトなんて正社員に比べれば、ぬるい罰かもしれない。

逆に言えば、生きる事に対しての罪の重さは、それ相応であると言えるのかな?

 

 

他の人は、どういった感覚で働いているのだろうか?

別に「自己成長」とか、そういうのを否定するつもりはない。

ただ気になっただけだ。

 

 

しかしながら、

生きる事が「罪」で、嫌々働く事が「罰」だとしたら、

死にたいと思うのも無理もない話だね。

 

 

少し寝たら、バイト行ってきます。

ああああああああああ。