新卒で就職後、死のうと考えた話(1/2)

大学を卒業し、就職した時の昔話です。

 

 

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1.SEという労働環境

大学の情報学部を卒業した僕は、某大手IT企業に就職しシステムエンジニアになった。

 

入社してからは三か月間の研修を行い、現場に配属された。

仕事の覚えはあまり良くなかったものの、人間関係には恵まれており、

少しずつ仕事に慣れていき、技術も身についていったと思う。

 

入社して半年近くで、配属していたプロジェクトも大きくなり、4つのチームに別れた。

「先輩からのお仕事を手伝う」という形から「機能を担当する」形になる。

つまりそれはシステムの1部分を担当し、それに関するプログラムを全て僕自身が責任を持つということだった。

必ず納期までに、そのプログラムを完成させなければならないのである。

 

そうなってから、仕事が上手くいかなかった。

仕事量が異常だったのだ。中々仕事が進まず、残業も続く日々を過ごす。

しかし、良くも悪くも私の就職した会社は「36協定」を遵守している。

この協定は簡単に説明すると、月45時間以上の労働は特例がない限り、認められないというものだ。

 

しかし、僕は月45時間の残業や休日出勤では納期に間に合いそうにない。

そんなことをチームリーダーに相談すると、「魔法の時間」を作れば良いというアドバイスを貰う。

簡単に言うと、タイムカードに存在しない時間を作り上げるのだ。

つまるところのサービス残業である。

 

先輩に日々、アドバイスを頂きながら仕事に勤しんだ。

 

 

2.バイトと正社員の差

魔法の時間を駆使しても、納期までの計画に大きく遅れをとってしまった。

毎朝行う進捗報告では、チームリーダーに苦い顔をされたのを覚えている。

僕は技術力が乏しかったので、色んな先輩やチームリーダーに質問や相談をした。

丁寧に応えて頂いたことも多かった。

 

しかしチームリーダーに質問するとき、「システムがこういう状況になっていて先に進む方法が分からない」という質問ではなく、「その分からない状況から、こうすれば解決できそう、あるいはこういう方法もある。どちらの方が良さそうか?とかYesかNoで応えられる質問にしてくれ」と注意されたことが何度もあった。

 

チームリーダーは続けてこう言った。

「皆忙しい。言われたことだけやるならアルバイトでいいんだよ。

君は正社員なんだから、分からなくてもそれくらい考えてやってもらわないと困る。」

 

 

確かにチームリーダーはいつも残業しており、プロジェクトリーダーの方は月に1日くらいしか休んでいない。

僕は申し訳ありませんでした。と謝ることしかできなかった。

 

ぐぐって出てくるような問題でもなければ、考えても分からない問題が出たとき、

僕はどうすれば良いか分からなかった。

納期が迫るのに、アイディアが浮かばない。

自分の能のなさ、そして無力だということを実感した。

 

 

 

 

 3.逃走願望

納期というプレッシャー。

積み重なる残業。

仕事を上手くこなせない自分への自己嫌悪。

 

僕は仕事が嫌でしかたなかった。

帰りの電車のホームで私はふと死のうかなと思った。

嫌々そんな唐突な・・・・。

 

「仕事が嫌なら仕事を辞めればいいじゃん。」

確かに・・・。しかし、それは簡単ではない。

仮に仕事を辞めたいといっても、

今担当している機能が一件落着するまで辞めることは難しいだろう。

それにただでさえ、人手が足りない状態だ。

スムーズに辞めることは出来ないだろう。

 

「じゃあバックレて海でも行こうぜ?」

僕は仕事が嫌いでしたが、会社の先輩達が好きだった。

その人達を裏切り、自分が犯罪者になってしまうような気持ちになるだろう。

それを抱えながら生きるのもまた苦しい。

 

「じゃあ死ねば?」

僕は「死にたい」訳ではない。

ただ「死ぬ」という選択が物凄い合理的な手段に思えた。

 

死ねば、会社に行かなくて済む。働かなくて住む。

それに面倒くさい退職の手続きや交渉も入らない。

しかも死ぬ分であれば、皆僕を責めたりしないだろう。僕を嫌ったりしないだろう。

死ねば自分の抱えているすべての問題を解決できる。

 

帰りの電車のホームでそんなことを考えていた。

電車で死んだら賠償金が凄いとかそんなこと関係無い。

自分が楽になれればそれで良いのだ。

「死」を考える人間は、自分のことを考えるので精いっぱいなのかもしれない。

 

今の自分にとって悩みを解決する最善の方法は「死ぬ」である。

 

しかしこの考えが「偏ったものである」とも理解していた。

だからそれ以降、電車のホームの先頭に立てなくなってしまった。

電車が来た時は、「今なら死ねるよ!今この瞬間だけだよ!」という呼び声に聞こえ、

それに応えそうになる自分がいて怖かったのだ。

 

結局電車に飛び込まなっかた僕に、明日は容赦なく訪れた。

生きるということはそういうことなのだろう。

 

生と死で葛藤する僕の社会人生活はもう少しだけ続いた。

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今は、電車のホームの先頭に立てます。

 

出来ない仕事をやり続けるってことは本当に辛いことでした。

少しでも自分の得意分野を仕事にすべきだと実感しました。

得意なことないけど。

 

 

 

続き

 

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